第1章「Heart」~欠片~ ③

すっかり話し込み、バベルを出たのは深夜に近い時間だった。
よつばと別れた三人は、肩を並べて通りを歩いていく。
「あんなふうに歩み寄れる人間がまだいたんだなぁ」
「ああ。アランという人物も会うのが楽しみだな。マスターの知り合いなら信用もできるだろう」
ブランの呟きにナイトが同意を示した。二人の表情は明るい。
しかしカインだけは神妙な顔つきで、控えめに言葉を差し挟んだ。
「信用……してもいいのかな……」
「え?」
「どういうことだ、カイン?」
ナイトとブランは足を止め、予想外の反応だという驚きを露わにカインを見る。
カインは一瞬息を詰めたが、思い切った様子で再び口を開いた。
「確かに彼女と出会えたことは、現状を変える新しいきっかけになるかもしれない。協力することで僕達の目標に近付けるなら、それはとてもいいことだと思うよ。でも……」
「……でも?」
「まだ今日出会ったばかりで、彼女のことをよく知っているとは言えないし……これまでと違うアクションを起こすことで、何が起こるかも分からない。だから……」
カインはそこで一度言葉を切った。
この感情を何と伝えればいいのだろう。うまく言えない。
言葉を探し、自分の胸に問いかける。
(水を差したいわけじゃない。僕も人間と共存していく世界を取り戻すために、この現状が変わればいいと思っている。だけど……)
自分の隣に、こうしてナイトとブランがいる。足並みをそろえ、穏やかに歩いていける。
ありふれた日常とも言えるが、これは決して当たり前のことではない。
(誰だってそう……人間もドライアドも。ある日急に、目の前から消えてしまうかもしれないんだから……)
ギュっと、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
人間と同じ心臓を有しているわけではなくても、この息苦しさと不安は間違いなく本物だ。
──ルナティクス・エラーの後、ドライアド達が次々と都市を離れ始めた頃。自分は残る決意をしたものの、今後への不安は大きかった。
そんな時ふとした偶然でナイトとブランに出会い、人間との共存を願う者同士だと知り、チームを組むことになった。
自分を仲間だと言ってくれる二人はかけがえのない存在だ。彼らがいたからこそ、この灯京でここまで生活してこられたと思っている。
(ナイトとブランのいない生活なんて考えられない。二人を失いたくない……。僕は……もう二度と、あんな思いはしたくない……)
これ以上、誰も。
大切な人を失いたくない。さらに言えば、苦しむ姿だって見たくはない。
それが今のカインにとっては、何より強い願いだった。
「……僕は、みんなを危険な目に遭わせたくないんだ。今日ナイトが正体を気付かれた時に無事で済んだのは、たまたま運が良かっただけだよ。次に同じことが起きたらどうなるか分からない」
「ああ。それは十分承知している」
ナイトは即座にそう返した。
今日はほんの数人だった。だがそれでも、あからさまな恐怖や疑惑を浴び、全身が凍てつくような感覚を覚えた。
「溶け込んでいるように見えても、俺達はこの社会ではまだ異端でしかない──そう、改めて痛感させられた」
ナイトは苦々しく呟く。
「うん……残念だけどその通りだ。平和な毎日なんて保証されていないんだよ。いつ崩れるとも分からない……」
「だから二人には、自分達の身を危険にさらすようなことだけはしないでほしいんだ。目標は大事だけど、その為に自分を犠牲にしたら意味がない。もし二人が苦しんで傷付くようなことになるくらいなら、僕は……」
いつしか感情が高ぶり、最後は上手く言葉にできないまま途切れてしまう。
そんなカインを、残る二人は静かな驚きと共にじっと見つめた。
「カイン……」
「あ……ごめん、僕……」
「いや、いい」
ナイトがふっと表情を緩める。そして、カインの肩にポンと手を置いた。
「大丈夫だ、お前の気持ちはちゃんと分かっている」
カインが何に怯え、何を求めているのか。
仲間だからちゃんと伝わっていると、ナイトはその眼差しに込めてカインを見つめる。
「カインは本当に優しいな、ありがとよ。けど、そんな心配はいらねぇから」
「俺達は一人じゃない。目指す未来を掴むためにこうして三人で一緒にいるし、おやっさんみたいな協力者もいる。頼もしい仲間がいるんだ、お前が恐れるようなことにはならねぇよ」
ブランもカインを安心させるように微笑み、明るく答えた。
「ナイト、ブラン……」
(本当に、そうなのかな……)
二人の力強い声を聞けば、わずかながら心が揺れた。
「確かに彼女とは今日会ったばかりだ。だがためらいなく俺を助け、ドライアドへの思いを伝えてくれた……あの心に偽りはないと思う」
「俺も同感だ。それに、おやっさんが娘同然って言うほどの人間なんだからな。俺は信じていい……信じてみたいと思ってる」
カインの不安を取り除こうと、ナイトとブランはさらに思いを語る。
その表情を見れば、ただ闇雲に浮かれて信じ切っているわけではないということも察せられた。
「……分かった。二人がそう言うなら、僕も信じるよ」
ほんの少し逡巡するも、カインはそう答えた。
ナイトとブランは、安堵の息と共に肩の力を抜く。
「ああ、信じてみよう」
「うん……変な話してごめんね」
「構わねぇよ。けど、暗い顔はここまでだ。良いこと考えてた方が、良いこと呼び寄せられるだろうからな。楽しくいこうぜ!」
「その発想は能天気過ぎる気もするがな」
「ええっ、そんなことねぇだろ? 大昔から笑う門にはナントカって言うんだぞ?」
「ナントカって……覚えてないじゃないか」
「『福来たる』だよ、ブラン」
「ああ、それそれ!」
「まったく……ブランの物を覚える回路もよつばに修理してもらいたいところだな」
ナイトがそう皮肉る。
「あ、それいいかもな!」
「ふふ……僕は今のままでもブランらしくていいと思うよ」
冗談交じりにそんな会話をしつつ、再び歩き始めた。
だがしばらくすると、カインはそっと目を伏せる。
(二人がここまで言ってるんだから、きっと大丈夫なはずだ……僕も信じよう)
胸の内で繰り返した。
それなのに……モヤがかかったように、気持ちが晴れない。
「──どうかしたか、カイン?」
口数が減ったカインにナイトが呼びかける。
「え……あ、ううん。何でもないよ」
慌てて答えると、カインは拭い切れない不安から目を逸らし、再び会話に加わった。
前を見て、時折くだらない冗談に笑いながら歩いていく。
どうか二人が傷付くことがありませんように──そう願いながら。




>>to be continued...

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