第1章「Heart」~欠片~ ②

(あの夜のことを思い出すと、今でもやるせない気持ちになるな……)
眠りについた都市に轟いた爆音。明け方の空に昇る黒煙。
人間もドライアドも、呆然とその光景を見つめていた。一体この世界はどうなってしまうのか、と途方に暮れながら。
事故後の調査もされたが、結局は原因解明には至らなかった。
メディアはこの事態を連日大々的に報道し、世間では事故の原因に対し様々な憶測が飛び交うこととなる。
これまでの状況から、小鳥遊夫妻が対応に行き詰まっての、もしくはすべての責任を死で償おうとした自殺であるという説が現在まで有力だが、事態の解決から逃げただけとも言えるこの結末には批判の声も多い。

「では君は……あの小鳥遊家の、唯一の生き残りということになるのか……?」
「うん……あの時、私は9歳だった。あの頃の両親は毎日忙しくて、家にはほとんど戻らなくて……」
「事故が起こる数日前から、私は父の弟子であるアランという人の家に預けられていたの。明け方アランに起こされた時には、両親はもう……」
当時の記憶を思い出してか、よつばの両手がギュッと握り込まれる。
だが切なげな表情を覗かせながらも、彼女は気丈に言葉を続けた。
「両親は何も話してくれなかったけど……私はこの命、きっと二人が守ってくれたんだって思ってる」
「守って……?」
ブランが尋ねる。その問いに答えたのはルカだった。
「お前達も知ってるだろうが、あの爆発事故については小鳥遊夫妻の自殺説を否定する声もある。夫妻は何らかの陰謀に巻き込まれたんだ、ってな」
「ああ、知っている。当時、夫妻を信じる者は強くそう訴えていたな。では、君も……?」
ナイトがよつばに尋ねる。よつばは迷いのない瞳でしっかりと頷いた。
「自殺なんてありえない。私の両親はそんな選択をする人じゃない……私は、二人を信じてる」
「そうか……」
(娘の彼女が言うのなら、本当にそうなのかもしれないな)
ナイト自身はこれまで、あの事故について何らかの確信があるわけではなかった。
自分達ドライアドにとっての親とも言えるべき存在に見放されたのだという可能性も考えていた中で、少しだけ救われたような気分になる。
「さっきよつばが言ったアラン──アラン・マクファーデンって奴は俺の昔からの知り合いでな。事故の後は、アランと俺がよつばの親代わりになった。正式な養父はアランで、俺はそのサポートって感じだけどな」
「何者かの陰謀という可能性がある以上、よつばの身にも危険が及ばないとは限らねぇ。そう危惧したアランは、よつばを灯京以外で育てることに決めたんだ」
名前もよつば・マクファーデンと変え、よつばはアランとロンドンに移住した。そして数週間前に帰ってきたばかりなのだと、ルカは説明を締めくくった。
「そうだったのか……」
「俺らも大変だったけど、あんたも大変だったんだな……」
「……」
ナイトとブランは神妙な声を漏らし、カインも言葉の出ない様子で黙り込む。
「なんだかしんみりしちゃったね、ごめん。三人とも、そんな顔をしないで」
重くなった空気を払拭するように、よつばは明るい声を出した。
「アランとルカさんが親代わりになってくれたおかげで、私は平穏に暮らすことができた。『小鳥遊』の名前を名乗れないのは悔しい時もあったけど……でも私は両親の娘であることに誇りを持っているし、だから技師見習いにもなろうと思ったの」
(誇り、か……)
街中でナイトを助けた直後にも、彼女ははっきり技師見習いだと告げた。
あの態度も今なら分かると、ナイトは心の中で納得する。
「私にとって、ドライアドはとても身近な存在だった。彼らは人間と同じように心を持ち、人間を理解し、友達のように寄り添ってくれる……そういう存在だと教えられてきたし、実際私もそう思ってる」
「だから人間がドライアドを迫害するなんて、あってはいけないことなんだよ。すっかり変わってしまった社会を、私一人ではどうすることも出来ないけど……でもこんな状況のままじゃいけないって思ってる」
熱を増したよつばの声だけが室内に響く。
ナイトは言葉も忘れ、彼女の紡ぐ思いに耳を傾けた。
(今の世の中に、こんな考えを持った人間がまだいたんだな……)
恐れられ、疎まれることに慣れ、正体を隠して生活するようになってもうずいぶん経った。
そんな自分達にとって、よつばの思いはこの上なく温かく、染み入るように流れ込んでくる。
「……ありがとう」
気付けばナイトの口を滑り出ていたのは、素直な感謝の言葉だった。
「え……?」
「あ、いや……ありがたいと思ったから」
「今のような状況を変えたいと思っているのは俺達も一緒だ。だから、人間側にも同じ考えの人がいるというのは……とても嬉しい」
「ああ、俺も感激したぜ。あんたは俺達と同じなんだな」
「同じ……じゃあ、あなた達も……?」
ナイトとブランの言葉を反すうして聞き返すよつばの視線を、ナイトは正面から受け止めた。
「ほとんどのドライアドは都市を出て行ってしまったが、俺達は明確な目的を持ってこの灯京に残っている」
「ドライアドもすっかりバラバラになっちまった。いくつか大きなチームが出来て、俺達は『軍団(コープス)』って呼んでるんだけどさ」
「コープス……」
「主だったものは四つあって、それぞれトランプのマークで呼ばれてるんだ。僕達は『ハートのコープス』だよ」
三人で言葉を補いつつ続ける説明を、よつばは真剣な表情で聞き入っていた。
ナイト達はハートのコープスの存在意義をさらに詳細に伝えていく。
「俺達は人間との共存を目指すコープスだ。人間と争うつもりはない」
「でも他のコープスは違う。迫害を受けて傷付いた多くのドライアドは、人間を恐れたり、憎んだりしている……僕達はそんな他のコープスとも連携を取っていって、いつかまた、みんなで平和に暮らせる世界が戻ってきてほしいと願ってるんだ。なかなかうまくはいかないけど……」
カインがやや苦悩を滲ませると、よつばも労わるように眉を寄せた。
「そうだったんだね。あなた達も現状を変えようと……」
正体を隠して、周囲の人間に気付かれないよう、秘かに。
それがどれほどの苦労を伴うか、『小鳥遊』の名を変えざるを得なかったよつばにとっては痛いほど分かることなのだろう。
連帯感にも似た感覚を味わいながら、ナイトは口を開いた。
「君が言ったとおり、俺達は機械だが心がある。今は人間に嫌われてしまったが、求められて感謝されることの喜びを知っている」
「外に出ちまったドライアドの気持ちも分かるけど、将来また人間と一緒に生活が出来るようになった時のことを考えたら、俺達みたいな存在は大事だろ? 橋渡し役がいねぇと、出てった奴らも戻り辛いだろうからな」
ブランがナイトの言葉を引き取ってそう続ける。
よつばは目を輝かせ、一歩前に足を踏み出した。
「ドライアドの中にもそんなふうに思ってくれてるチームがあったんだね……! ありがとう、私の方こそすごく嬉しいよ」
「私で出来ることは何でも協力する……ううん、ぜひさせてほしいな!」
「よつば……」
「ははっ、こうなるとは思ったが。やっぱりこの出会いには運命的なものを感じるな」
目を見開きよつばを見つめるナイトの対面で、ルカが楽しげに笑う。
ブランもルカに負けない笑顔で頷いた。
「技師見習いのよつばが協力してくれたら百人力だ。ハートのコープスに新しい風が吹くな! なぁ、カイン!」
「え……あ、うん……」
力強く肩を叩かれ、カインはやや遅れて歯切れの悪い返事を返す。
「今度アラン……私のもう一人のお父さんにも会ってほしいな。彼も研究者だし、何か違った意見をもらえて、新しい展開が出来るかもしれないから」
「ああ、ぜひ会わせてくれ」
すっかり打ち解けた空気の中、話が進んでいく。だが……
「……」
カインだけはその会話に入ることなく、高揚気味に話すナイトとブランをじっと見つめていた──。




>>to be continued...

prev ← title → prev 

ⓒDryadroiD/PlusCross2018