第1章「Heart」~出会い~ ③

迎えに来てくれたブランの車から降り、店のドアを開ける。
開店前でまだ客のいないバーの店内に、洒落たドアベルの音が響いた。
「ナイト……!」
泣きそうな顔をして、すぐさまカインが駆け寄ってきた。
「大丈夫? 足をケガしたって」
「平気だ、応急処置をしてもらったおかげで、歩くことも出来てる」
「無理すんなよ、ほら、ここ座れ」
ブランに椅子を引いてもらって座ると、ナイトはようやく気の休まる場所でほっと息をついた。
「それで……彼女が?」
「ああ」
後ろから入ってきたその人に、視線が集まる。
「初めまして」
丁寧にお辞儀をした彼女につられ、ブランとカインもぺこりと頭を下げる。
彼女の名前を、バーのカウンターの向こうから男が呼んだ。
「よつば」
「ルカさん!」
嬉しそうによつばはカウンターへ駆け寄った。
「久しぶりだな。なんだ、しばらく見ない内にまたいい女になったか」
「ふふ、ルカさんも相変わらずだね」
「連絡もらって驚いたぜ。ナイトを助けたのがお前だとはな。面白い偶然ってのはあるもんだ」
ルカと呼ばれた男は、よつばの頭をぽんぽんと撫でる。
親しそうな二人の様子を、ナイト達は不思議そうに見つめた。
「おい、おやっさん。アンタに娘がいるなんて話聞いたことないぜ。その子は誰なんだよ?」
ブランの問いかけに、彼はふん、と笑った。
カウンターに立つこのバーのマスターは、白人の伊達男だ。ブロンドの髪をオールバックに整えて、シャツと黒ベストをスマートに着こなしている。40半ばほどに見えるので、実際年齢的には彼女と親子でもおかしくはないだろう。
彼、ルカ=モルフェオが、灯京(トウキョウ)の商業区画の裏通りでひっそりと営業しているこのバーは、ナイト達の馴染みの店である。
ルカはドライアドに一切の偏見を持たず、灯京の中で人々に紛れて暮らしている彼らを裏からサポートしている数少ない人間で、ナイト達が心から信頼している人物だった。
ルカが、彼女の肩に手を置く。
「こいつは小鳥遊よつば。俺にとっては娘も同然だ」
「小鳥遊?」
紹介の言葉を聞いて、ナイトとカインの声が重なった。
「気付いたか」
「なんだ?」
一人だけ意味がわからないブランが、他の人々の顔を見回す。
「まあいい、その話はひとまず後だ。よつば、悪いがナイトの足を直してやってくれ。連絡貰って、ツールとパーツはここに用意しといた」
「ありがとう、ルカさん。……もう一度足を見せてね」
ナイトは破損した側のボトムスの裾を捲り上げると、素直によつばの前に足を出す。そこに先ほどまでのためらいはなかった。
「すまない。よろしくお願いするよ」
本格的なツールボックスから道具を取り出すと、よつばはナイトの足元に屈み込んで作業を開始した。
「それにしても、一体何があったの?」
「まあ……ちょっとした事故だ」
ナイトは、幼い子供を助け階段から転げ落ちたこと、そこで足をケガしてしまったこと、ボトムスが破れてしまったせいで人々にドライアドだと気付かれてしまったこと、その時現れた彼女に助けてもらったことを話した。
ナイトがカイン達に事情を説明している間に、よつばは実に手際よくナイトの足の修理を進めていく。
「よつば、かなり腕を上げたな」
「本当? ありがとう。でもまだまだだよ」
ルカに褒められ、よつばは照れて肩をすくめる。
「まったく、無茶するな」
一通り話を聞いたブランは、呆れたようにため息をついた。
「男の子も無事だったようだし、ナイトもそのくらいのケガですんで良かったって言うべきなのかもしれないけど……」
カインは心配そうに、修理中のナイトの足を見る。
「周りの人間達は? まあ下らねえことは言われただろうが、何かされたりはしなかったか」
ルカが訊ねた。
「大丈夫だ。その場にいたのは2、3人だったし」
「そうか」
運が良かったのだと、ナイトも分かっていた。
もしあの場にいたのがドライアドを強く嫌悪している人間や、ドライアドの廃棄を推奨している人間だったなら、もっと酷い目にあっている可能性だってあったのだ。
あの時彼女が手を差し伸べてくれなかったら、自分はどうしていただろう。
「そこによつばが現れるなんて、運命みたいなものを感じるな」
悪戯めいた口調でルカが言った。
「だが……助けた相手がこいつだったから良かったものの、もし怪しい奴だったらどうするつもりだったんだ。応急処置をすると言って、パーツを壊されたり、何か仕込まれるかもしれないとは考えなかったのか」
「確かに、いつものナイトならもっと慎重になりそうなものだけど」
ルカとカインの言及に、ナイトは上手く答えられなかった。
「それは……正直自分でもよく分からない。でも彼女は信頼できるんじゃないか、そんな風に思えた」
「直感、てやつか?」
「ドライアドにも直感があれば、だけれどな」
ブランの問いに、ナイトは苦笑する。
けれどルカは、ナイトの話を笑う気持ちにはならなかった。その直感とやらは、ただの偶然や気のせいではない、そう思えたからだ。
そうして話をしているうちに、よつばの修理もほとんど終わったようだった。
「……よし、これでいいと思う」
「出来たか」
ルカがカウンターから出てきて、ざっとチェックする。
修理されたナイトの足を見たカインとブランは目を丸くした。
「……すごい、すっかり綺麗になってる」
「さっきまで壊れてたなんて、全然分からねぇ……!」
数度足を動かし、ナイトは椅子から立ち上がった。
「……どう? 違和感はないかな」
「まったくないよ。見事だな……」
彼女は自らを見習いだと言ったが、その技術は十分なものだった。
「君は素晴らしい技師だ。何度お礼を言っても足りないよ、本当にありがとう」
「どういたしまして」
よつばはにっこりと微笑む。その笑顔はナイトだけではなく、ブランやカインにも不思議な安心感を与えた。
「……あの、でもね」
「?」
少し言いにくそうにするよつばの様子に、ナイトは首を傾げる。
「ごめんなさい、こっちも直してあげられれば良かったんだけど、私、裁縫とかは苦手で……」
彼女が恥ずかしそうに小声で言っているのは、破けたままのボトムスのことだと気付き、今度はナイトが笑った。
「これは、俺の出番だ」
「え?」
カインやブランもニッと顔を見合わせる。
ナイトはルカから裁縫道具を借りると、派手に破けていた部分を縫い目が分からないほど美しく縫い合わせた。
「すごい……!」
次はよつばが驚く番だった。
「こいつは服飾関係の仕事をしててな。こういったことはお手の物なんだよ」
「デザイナーもやってて、ナイトのデザインする服のファンも多いんだぜ!」
ルカやブランが説明すると、よつばは目をキラキラと輝かせた。
「本当に!? 私も見てみたい!」
「もう見ているかもしれないよ? メインストリートのショーウィンドウに飾られているから。ほら、これだよ」
カインがタブレットにナイトの衣装を表示して見せると、よつばは再び驚いて目を瞬いた。
「このロゴ、見たことあるよ。ステーションにも電子公告が出てた。このドレスをデザインしたのは、あなたなの?」
「ああ」
よつばは感動したように、タブレットに表示されていく様々なドレスに見入っている。
その表情は、すっかりナイトのドレスに夢中だ。
彼女の様子を見て、ナイトはいつものように喜びで心が満たされると同時に、なぜか少しのくすぐったさも感じた。
「綺麗……私もいつか、こんなドレスを着てみたいなあ」
タブレットから顔を上げると、よつばは満面の笑顔でナイトを見る。
「本当にすごい。あなたは、素敵なドレスで沢山の人達を幸せにしているんだね」
それは、ナイトが何よりも望み、誇りに思っていること。
(……不思議な人だ……)
彼女と、もっと話してみたい。彼女のことを、もっと知りたい。
ナイトは純粋に、そう思った。





>>to be continued...

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