第1章「Heart」~出会い~ ②

かつてこの灯京(トウキョウ)にも、多くのドライアドがいた。
互いを信頼していた人間とドライアドの関係が一変したのは今から10年ほど前。
『ルナティクス・エラー』……そう呼ばれる事件が、きっかけだった。
人間を傷つけることはできない、持ち主の命令には逆らうことはできない。そう作られているはずのドライアドが人間を傷つける事件が、灯京で同時に多発したのだ。
彼らは自己を失い、突然暴れ出して周囲の人間を見境なく攻撃した。持ち主の命令も周りの声も聞こえている様子はなく、目に入るものを殴り破壊し、扉や窓を蹴破り、人間に襲い掛かった。
ドライアドロイドは元々痛覚というものがないために、衝撃は覚えても痛みは感じない。
また、持ち主の目的によって腕力や頑丈さをカスタムすることが可能であったため、一般的な人間よりも力の強い者が多かった。
そんな彼らが正気を失って、自らが壊れることもいとわずに力の限りに暴れ出したのである。当然、普通の人間が太刀打ちできるはずもない。
街は大パニックになった。人々は逃げ惑い、サイレンがあちらこちらで鳴り響く。ケガをした人の悲鳴や物の壊れる音、ドライアドに呼びかける声、泣き声、怒号。正気を保つドライアドが、我を忘れた彼らを取り押さえようと立ち向かうものの、逆に破壊され……まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
制圧のために公安機関が出動したが、暴走するドライアド達は結局、暴れつくして自壊するか、壊されるまで止まらなかった。
そのあまりにもショッキングな事件が、灯京に深い傷跡を残すこととなったのである。
ドライアドの機能不良、何らかのウイルスの影響、様々な噂が飛び交った。しかし調査や研究も空しく、いつまでたっても原因は突き止められず、人々の不安と不満は広がるばかりだった。
いつまた、ドライアドが暴走をするともしれない。それは、自分の隣にいるドライアドかもしれないのだ。
疑いや恐怖はみるみるうちに人間達の心を蝕んだ。

「ドライアドは危険だ」
「ドライアドを廃棄せよ」

そんな声が大きくなり、ドライアド廃棄推奨をうたう反対運動が起こった。
人々はドライアドから距離を取り、差別迫害し、手放すようになっていった。
一方でドライアド達も、自分の仲間がなぜ暴走したのかもわからず、いつ自分が暴走するかも分からないという不安に駆られていた。にも関わらず、今まで信頼し合ってきたと思っていた人間達は、自分達に寄り添ってはくれず、いとも簡単に手放し、自分達を恐ろしいものだと言うのだ。
ドライアド達は人間に失望し、壊され廃棄されるぐらいなら、と次々に灯京を離れていった。
ルナティクス・エラー以降、ドライアドは主要都市を離れ、主人を持たずに荒野や地方都市に移ってひっそりと暮らしている。
また、ルナティクス・エラーと関連する『もう一つの事件』によってドライアドを開発していた会社がなくなり、ドライアドの製造も中止となった。
灯京の人々はそんなドライアド達について、見て見ぬふりをし、忘れようとしているのだった。


(元々あまりドライアドに触れたことのない若者は、その存在を忘れていっている。幼い子供はドライアドの存在自体を知らない子が多くなってきているくらいだ。なのに彼女はどうして……)
ドライアドに偏見も持たず、恐れも抱かない。それどころか、技師の見習いをしているという。
ナイトにとって彼女は、あまりにも謎の多い、不思議な人間だった。
(でも、なぜか彼女が俺に手を差し伸べてくれたあの時……彼女のことは信じられるんじゃないか、そう感じたんだ)
その澄んだ目が、迷いも疑いもなく自分を見つめていたからだろうか。
それとも彼女の雰囲気がどことなく……『あの子』を思わせたから、かもしれない。
「よし、出来た」
よつばの声に、ナイトは顔を上げた。
破損部分が、先ほどよりも綺麗になっている。
「すごいな……」
「そんなことないよ」
よつばは照れるように言って、ツールをケースにしまった。
「本当にありがとう。なんとお礼を言っていいか」
「どういたしまして。でもこれは本当に応急処置だから、ちゃんと直すためには本格的な道具やパーツがあるところへ行かないと。もし私で良ければこの後の修理も手伝うよ」
「いや、十分だよ。これ以上君に甘えるわけにはいかないし」
「でも……」
それらがある場所の心当たりはもちろんある。けれど、ナイトはそれを口にはしなかった。
これ以上彼女の好意に甘えるわけにはいかないというのもそうだが、道具やパーツがある場所を教えるということは、今灯京にいるドライアドの情報の一部を彼女に明かすことになる。
確かにドライアドについての知識はあるらしい。だが、彼女が何者なのかは未だ謎なのだ。
自分を助けてくれた彼女を、信じたいのはもちろんだった。けれど、ドライアドをよく思っていない人間が多いこの都市で、ナイト達のように人々に紛れて暮らしているドライアドの情報は、簡単には教えられない。それは自分だけではなく、他のドライアド達にも関わる問題だ。
「……私のことが信じられないのなら……」
「……!」
思っていたことをずばり当てられて、ナイトはドキリとした。
「この辺りに、バベルというお店があるはずだから、そこへ行こう。道具もあるかもしれないし、そのお店のマスターのルカさんという人はきっと力になってくれるよ」
「マスターを知っているのか?」
思わずナイトは聞き返した。
彼女が言った『バベル』という店は、まさに先ほど、カインやブランと共に向かおうとしていた店だ。
「良かった、やっぱりルカさんは有名だね」
よつばは安心したように笑う。
「うん、ルカさんには私もすごくお世話になってるの。念のために、ルカさんに今から行ってもいいか連絡してもらってもいい?」
私が連絡するよりも、あなたが連絡した方が安心できるんじゃないかな。そう言われた時点で、ナイトは、彼女はドライアドの味方なのだ、と確信した。
けれど一応、言われたとおりにバベルへ電話をする。
電話口に出た男は、その偶然に驚きながらもこう告げた。
「今迎えをやる。……安心していい、そいつは俺の娘だ」




>>to be continued...

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