Prologue

――ナイト、ナイト!
愛しい声と共に、軽やかな足音が駆けてくる。
「ミア!」
俺が親愛なる幼き姫を抱き上げると、ミアははしゃいだ声をあげてぎゅっと抱き着いた。
「ナイト、お絵かきしてたの? ミアも、ナイトの絵、見ていい?」
「もちろんだよ。ちょうど完成したところなんだ。ミアに見てもらおうと思ってたんだよ」
「ほんと?」
「さあ、どうぞ。ミアのために描いた絵だ」
その絵を見せると、ミアの大きな瞳が、光を吸い込んだ宝石のようにキラキラと輝いた。
「すてき……!! お姫さまのドレスの絵!」
「ミアをイメージしてデザインしてみたんだけど、どうかな?」
「これ、ミアのドレスなの?」
驚いた声に、微笑みがこぼれる。
「そうだよ。ミアの大好きなピンク色と、花をいっぱい飾ったドレスだ」
「すっごくきれい! こんなにきれいなドレス、ミア、見たことないよ!」
ミアは嬉しくてたまらないといった様子で、俺が描いたその絵を胸に抱きしめた。
「ナイト、ありがとう! 今度のおたんじょうびには、この絵と同じドレスを、パパとママにお願いして作ってもらう!」
「本当? 嬉しいな」
ミアは、俺の描いたドレスよりも、もっともっと煌めいた可愛い顔で笑う。
「ミア、ナイトの絵、だーいすき! とってもとってもきれいで、すてきなの! 今までナイトが描いてくれた絵は、ぜーんぶミアのたからもの!」
ミアは、特に気に入った絵は子供部屋の壁に飾ってくれている。それが俺にとっては、世界中の王から与えられる称賛よりも誇らしかった。
「パパもママもおともだちも、みーんなナイトの絵がだいすきだよ! ナイトの絵を見ると、にこにこして、ワクワクするの。これからも、いっぱいいっぱい、すてきなドレスを描いてね!」
俺の生み出した何かで、ミアやみんなを笑顔にすることができる。
ああ、なんて素晴らしいんだろう。なんて幸せなんだろう。
「ナイト、次はミアもいっしょにお絵かきしたい!」
「ああ、そうしよう。何の絵を描こうか?」
広げた真っ白なキャンバスに、彩り豊かな色で一緒に夢を描いていく。

これからも、こんなふうに笑い合って、手を取り合って歩いていきたい。
一緒に成長していく兄弟のように、隣で寄り添う恋人のように。
互いを愛しながら、共に生きていきたいんだ。

***********

テクノロジー革命以降、世界は進化する科学技術によって目覚ましく発展していった。
先進国は資源や人手を求め、発展途上国は技術的支援を受けながら豊かに栄えていく。
その一方で環境破壊や大気汚染は進み、温暖化によって主だった大陸の30パーセントは海に消えた。酸性雨や強すぎる太陽光の影響で、人々は今までのようには外を出歩くことも出来なくなり、すべての街は透明なドームによって覆われて、今は多様な文化を持つ人々が、その中で共に生活している。
暮らせる場所が限られたこと、そして技術が広まる上での交流の中で国という概念は薄れ、国境は世界地図から姿を消して久しい。

『灯京(トウキョウ)』は、かつて日本と呼ばれていた島の中心部にある、世界の最先端テクノロジー技術で作り上げられた有数の巨大都市だ。
立ち並ぶ高層ビル群には昼夜を問わず明かりがともり、それらを繋ぐ網の目のような道路や光のレール上を、様々な車両が滑るように走っている。
広大な街は例にもれず全体がドームによって覆われており、そのシステムが天候や気温も管理しているために、情報さえきちんとチェックしていればにわか雨などに濡れることもない。
多くの発明がこの街で生まれ、日々研究されて、発信される。
世界のテクノロジーの集合都市、最先端技術メガシティ。灯京はそう呼ばれている。

そのメインストリートの一つ、人々の行き交う大通りにある広く開放的なショーウィンドウの前に俺は立った。
ステージに並ぶのは、色とりどりの華やかな衣装達。どれも、今日発表されたばかりの新作だ。
ウィンドウのバックスクリーンでは、その衣装をまとったモデルが妖精のように舞い踊っている。
「綺麗……!」
「ELLAの新作出たんだ! 可愛い~!」
道行く人が立ち止まっては、ライトの中の衣装に目を輝かせる。
フレアスカートのワンピースに、レースがあしらわれた、エメラルドの羽を思わせるふんわりとしたショール。
「パパ! あたし大きくなったら、このドレス着たい!」
「ああ、素敵なドレスだな。きっとソフィーに似合うぞ」
聞こえてきた声に、目を細めた。胸の奥が温かい。
ああ、幸せだ。自分の仕事と、自分の生み出した衣装を心から誇らしく思う。
そんな満足感に、俺が浸っていた時だった。
「よう、ナイト!」
「うわっ!?」
勢いよく背を叩かれ、つんのめりそうになった。
よろめきつつ振り返れば、よく知った二人が立っている。
「ブラン~……この馬鹿力め、お前は加減というものを知らないのか! ショーウィンドウにひたいをぶつけるところだっただろうが!」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ」
「微塵も反省してないだろ!」
睨みつけてやるが、当の本人は全く悪びれていない。まったく、こいつはいつもこうなのだ。
白を基調としたオールインワンの作業着に身をつつむ、この男の名前はブラン。赤に近い茶髪頭と、くるくるとよく変わる表情の持ち主で、普段は運送会社でドライバーの仕事をしている。
大型の機械を運転したり、大量の荷物を運んだりする際にその力を活かすのは大いに結構だが、人に呼びかける時に馬鹿力を発揮するのはやめてもらいたい。
一方でブランと共にやってきたもう一人はといえば、俺達のやり取りを見て楽しそうにクスクス笑っていた。
「カイン、お前は人ごとだと思って……」
「あはは、そんなことないよ。僕もさっき店の前で、外れるかと思うほど強く肩を叩かれたからね」
こいつ、カインのことも叩いたのかよ。
ジトッと見やると、ブランはあらぬ方向を向いて口笛を吹いた。誤魔化し方が古典的すぎるだろ。
俺と同じく、しょっちゅうブランの馬鹿力の被害を被っているこっちの男は、カイン。
白い肌、綺麗な灰色の髪をした、穏やかな雰囲気の青年だ。
カインは、バーチャルペットショップの店員をしている。博識で、誰に対しても優しいカインに向いている仕事だと、俺は思う。まあ、カインがバーチャルペットショップの店員に向いていると思う理由は、他にもあるのだが。
その時、流れていた音楽が切り替わり、スクリーンに別パターンのプロモーションムービーが流れ始めた。
「ああ、これがナイトの新作なんだね」
ショーウィンドウを、二人は見上げる。
「綺麗だ……」
「はあ~……相変わらずすっげーなあ……」
俺のデザインした衣装が、二人の目に映って七色に輝く。
「そうだろ? 自信作だ」
ふふんと胸を張る。
「お前の作るドレスは、いつもすげー話題になるもんな。この間も、特集を組まれてただろ。ったく、この人気デザイナーめ!」
「まあな!」
いわゆるドヤ顔というやつをしてみせれば、ブランが笑いながら俺の肩を小突いた。
「この一番左のドレスは、前にラフを見せてもらったよね。スイーツをモチーフにしてるんだっけ?」
「ああ。甘くキュートなイメージで、かつ可愛いだけじゃなくて上品さも感じさせるドレスにしたかったんだ。そのためにディティールにかなりこだわった。生地も、特別な製法のものを使ってるんだ。ほら、光沢のある袖の部分と、スカートのレース部分、分かるか? あれが特に俺は気に入っていて――」
ステージ上のドレスについて説明していると、ブランが噴き出した。
「はははっ! お前は、ドレスの話をしている時、本当に楽しそうだよなぁ」
言われて、つい夢中で語ってしまっていたことに気づく。
我を忘れてしゃべり続けていたことに気恥ずかしさを感じつつ、それでも俺は素直に言った。
「当たり前だろ。俺はこの仕事が大好きなんだ」
いつだって偽ることのない、俺の気持ち、俺の生き方。
デザインを考え、スケッチしている時の楽しさ。デザインした衣装が、形になっていく時の高揚感。素晴らしい衣装に完成した時の満足感。
そして、何より……自分の作ったものを喜んでくれるみんなの笑顔を見た時の、喜び。
他の何にも代えられない。俺の衣装を素敵だと言って、愛してくれる人達がいる。それが、本当に嬉しくて、幸せなんだ。
「わかるよ」
こういった話を、ブランとカインは大げさだと言ったり、馬鹿にしたりはしない。
それはこの二人が俺と同じ考え方の持ち主である、『同志』だから。
「僕も、お客さんとバーチャルペットの出会いをお手伝いできるのがいつも本当に嬉しいもの」
こうして互いに仕事の話をしたり、それを聞くのが、俺らは好きだった。だから今日も、この新作衣装をまず二人に見てほしくて、ここで待ち合わせることにしたのだ。
職種は全然違うけれど、自分の生き方に俺達は誇りを持っている。

「……そういう気持ちも、『彼ら』は忘れてしまったのかな……」
ふいにカインが視線を落とし、呟いた。
ぽつんと取り残されたようなその言葉が寂し気に響き、カインは口を結んできゅっと手を握りしめる。
「……どうしたんだ?」
「実は昨日、『彼ら』を見かけたんだ」
「スペードか?」
その問いに、カインは首を振る。
「いや……多分、クラブだったんじゃないかと思う」
「そうか……珍しいな」
自然と、小声になった。
「……忘れてるなんて、そんなことねぇよ」
ブランがポン、とカインの肩を叩いた。
「ああ。例え忘れていたとしても、それは『忘れているだけ』だ。なくしてはいない」
カインとブランに伝えるだけじゃなく、自分の変わらぬ考えと思いを確かめるように俺も言う。
「確かに彼らとは考え方が違うし、今は歩いている道も違う。だが、きっと彼らも、俺達も、もっと上手くやっていけるはずだ」
「……うん……そうだよね」
「ああ。この街にだって、おやっさんみたいに俺達のことを分かってくれる奴もいるしな!」
俺とブランの言葉に、カインは顔を上げ、しっかりと頷いて再び笑顔を見せた。
「そうそう、マスターの話で思い出した。店へ行ったらカインに渡そうと思っていたものがあるんだ」
気を取り直して、俺は切り出した。
「僕に? なんだろう」
「きっと驚くぞ! すごく珍しい――」
もったいぶってそこまで言って、ふと自分の手を見る。
何も持っていない。見事に手ぶらだ。
「……しまった。仕事場に忘れてきた」
「はぁ? なんだよ、ドジだな~」
「ブランには言われたくないな!」
皿を落として割ったり物を取り違えたり、ちょいちょい間の抜けた失敗をしているくせに。
だがまあ確かに、今回の件に関しては、きちんとリマインダーをセットしておかなかった俺のドジのせいと言えなくもない、かもしれない。
「はぁ。悪い、一度戻って取ってくる」
「え、わざわざ悪いよ。別に今度会う時でも……」
「いいのか? 色んな動物の写真やイラストの載った、珍しい紙の本を手に入れたんだが」
「今すぐ全力ダッシュで取ってきて!」
真顔で命令するカインを見て、今度はブランだけではなく俺も噴き出した。
「ほんと、相変わらずお前は動物のことになると、目の色が変わるな」
カインがバーチャルペットショップの店員に向いていると思う最大の理由が、これだ。
この男、ありとあらゆる動物を愛しており、バーチャルペットと触れ合ったり、動物の資料や絵や動画を見るのが好きでたまらないのである。
もちろん叶うなら本当の動物と会いたいのだろうが、この時代、人々が日常的に目にする動物はほとんどがバーチャルペットで、実物と出会える機会は少ない。
「どんな動物が載っているんだろう、すっごく楽しみだよ……!」
ここまで期待しているのだ、早いところ書籍をこの動物マニアに手渡してやるべきだろう。
「分かったよ、じゃあ行ってくる」
「僕らも一緒に行こうか?」
「いや、いい。俺がうっかりしたせいだしな。お前らは先にマスターの店へ向かっていてくれ。すぐに追いつく」
「了解。それじゃ、また後でな」
軽く手をあげて二人と別れると、俺は仕事場へ速足で歩きだした。


俺の仕事場は、大通りからは少しだけ離れた、地上から一つ上のエリアのストリート沿いにある。
賑やかな場所は嫌いではないが、デザイン中はイメージの世界に浸り、静かに集中したい時もあるからだ。
あまり二人を待たせたくもなかったので、近くのシャトルエレベータから空中回廊に上がった。
高層ビルの立ち並ぶこの街には、地上のメインストリート以外にもビルの上階同士や屋上同士を結ぶ、連絡通路を兼ねた空中回廊がある。高架になっているこの回廊からは街の景色がよく見えて、俺はここを歩くのが好きだった。
今日はエレベータを使ったが、いつもはのんびりと大階段を上がって、周囲の音や景色を感じながら衣装デザインのテーマを考えたりしている。
テクノロジーの先端をいくこの街で階段を使うなどアナログ的に思えるが、案外この階段は人々に愛されていて、運動不足を解消しようとする中年の男性や、俺と同じように景色を楽しみたい親子連れなどがよく利用しているのを見かけた。
「ほら、行くぞコータ!」
「待ってよ、おにいちゃん~!」
ふいに後ろから声がしたかと思うと、脇を幼い子供が二人駆け抜けて行った。
兄弟だろうか。仲の良さそうな様子に、口元がほころぶ。
これから二人で遊びにでも行くのだろうな。そんなことをぼんやりと考えながら、彼らを見ていた時、小さい方の男の子が、わあっと声を上げて空を指さした。
「おにいちゃん、見て! あそこ、スターライナー」
スターライナーは、最近開発された新型モデルの空中滑走車両だ。乗り物好きの子供達のアイドルである。ああいった乗り物はいつだって、子供の心を掴むものらしい。
彼もハートを奪われている一人のようだった。その滑らかに伸びる流動的なシルエットをもっとよく見ようと、幼い弟は空を見上げたまま夢中で走り出した。
「こら、コータ! ちゃんと前を見て――」
兄がそう声をかけるのを聞くと同時に、はっとした。
弟が走っていった先にあるのは、大階段。しかも『整備中:ご注意ください』とホログラムが表示されている。
だが空飛ぶスターライナーに気を取られる彼がそれに気づくはずもない。
「待っ――!」
俺の声が言葉になる前に、少年はその勢いのまま階段に差し掛かり、ステップから足を踏み外した。
「危ない!!」
空中回廊と下のエリアをつなぐ階段は、段数も高さもある。しかも下は人だけでなく、運搬用機器等も行きかっている。
あのまま転げ落ちてしまったら――。
……などと考える間もなく、咄嗟に飛び出していた。
残念ながら俺はさほど運動神経が良い方ではない。必死で腕を伸ばして何とか彼の手を掴むことはできたが、この体勢からでは引き上げられそうもなかった。そうなれば彼をかばう方法は……。
俺は迷わずそのまま少年の小さな体を胸に抱き込み、共に階段を転げ落ちた。
「コータ!!!」
激しい衝撃の中で、階段の上から、幼い兄が叫ぶのが聞こえた。
身体が回転し、あちこちが繰り返し打ち付けられる。
「……っ」
ガツンガツンという嵐の中で、ビリッと何かが裂けるような感覚もあった気がした。 俺がもう少し運動ができるタイプだったなら上手く受け身を取ったり、この子が落ちそうになった時点でその腕をしっかりと掴んで引き上げられたのかもしれない。くそ、筋肉バカのブランの奴を多少は見習っておくべきだったか。そんなこともチラッと脳裏をよぎった。
実際の時間よりも、こういう時は長く感じるものだと何かで読んだ覚えがある。
とても長い数秒の後、ようやく静けさが戻った。俺達は階段の踊り場で何とか止まったようだった。
数度呼吸してからゆっくりと腕をほどいて見下ろすと、俺の胸元でぎゅっと縮こまっていた少年も恐る恐る目を開く。
「……大丈夫か? ケガは?」
「……平、気」
小さく答えた彼は、何が起きたのかを理解したようだ。
その目にみるみるうちに涙の湖ができ、一気にそれが溢れ出した。
「うわああん!!」
怖かったのだろう。そりゃそうだよな。
けれど本人の言う通り、ケガはなさそうだ。ひとまずほっと胸を撫で下ろした。
「コータ、コータ!!」
もう一人の少年が、青い顔でそれこそ転げるようにして駆け下りてくる。
「おにいちゃああん!! うわーん!!」
「バカ! バカ! 気をつけなきゃだめだろ! 痛いとこないか!?」
「ひっく、ひっく……痛いとこ、ない」
その言葉に彼もほっとしたらしい。弟を力いっぱい抱きしめて、俺の方を見た。
「お兄さん! コータを助けてくれてありがとう!」
「いや、ケガがないみたいで良かったよ」
「お兄さんがかばってくれたおかげだよ! お兄さんこそ、どこかケガ……は……」
言いかけて、少年の動きが止まった。
気を抜いていた表情が凍り付いていくようなその様子に、首を傾げる。不思議に思いつつ、彼の視線の先を追って俺も息を飲んだ。
まずい、と耳の奥でアラート音が鳴り出す。
落ちた時の小さなあの感覚はこれだったのだ。どこかに引っ掛けたのだろう、俺のボトムスの膝から下が派手に破けて肌が見えていた。
そして“人間とまったく変わらないように見える”その皮膚の“破損部分”からは、明らかに人のそれではない、電子回路が覗いている。
ぶつけどころが悪かったらしく、細いコードがちぎれて中の銅線も無残にさらされていた。
「お、お兄さん……もしかして……」
「あ……」
何か言おうとしたが、言葉が出ない。さっきあんなにすらすらとドレスについて語っていたのと、同じ口なのに。
「どうしたの?」
「なんだ、事故か?」
少年の泣き声と、踊り場に座り込んだままの俺に気づいた何人かの通行人が、足を止めて様子を見に近づいてきた。
咄嗟に破損部分を引っ込めようとしたその動きで、ショートしたらしい足の電子部品が火花を散らしてパチッと音を立てる。
その音と光は、彼らの視線を俺の足に引き付けた。人々の目が、見開かれる。
「その足……」
「ド……ドライアド……」
「こいつ、ドライアドだ……!」


……そう、俺は……人間じゃない。
人の手で作られた、機械で構成された存在。
人型アンドロイド……『ドライアドロイド』だ――。


今から120年ほど前、俺達ドライアドロイド……通称『ドライアド』は開発された。
それまでの機械的なアンドロイドとはまるで違う存在……見た目はほぼ人と変わらず、人間と同じような思考回路や感情をも有したドライアドは『人間の生涯をサポートするためのアンドロイド』として販売され、爆発的な人気を博した。
その普及率は今までに例を見ないほどであり、わずか数十年で人間は一人一体ドライアドを所有するようになる。
一緒に成長していく兄弟のように、温かく見守る親のように、時には厳しく叱る先生のように、そして隣で寄り添う恋人のように。
家族、そして仕事のパートナーとして、俺達は常に共にあった。
人間はドライアドを信頼し、ドライアドも人間に必要とされること、人と共に生きていけることに喜びを感じていたのだ。
ところがある時、その信頼関係は脆くも崩れ去った。
灯京で起こったとある事件のせいで、人々は心から信頼していたドライアドのことを、信じられなくなってしまったのである。
手のひらを返したように、彼らはドライアドを恐れ、疑うようになり、そしてその不安ゆえにドライアドを差別迫害し、手放すようになっていった。
中にはドライアドを酷い形で破壊する者さえ……。
ドライアドは確かに機械だ。だが、人を模して作られたドライアドロイドは自ら思考することができ、そのプログラムの心には感情も抱く。
信じ、愛してきた人間達が、自分達を捨て、壊す。
『人間に裏切られた』――そう感じるのも、無理のないことだった。
その気持ちは、悲しみからやがて怒り、諦め、様々な感情や考えに変わっていった。
人々から求められなくなったドライアドは、皮肉にも人間が俺達に抱くのと同じように、こう思うようになっていったのだ。
『もう人間なんて、信じられない。愛せない』と……。
そしてドライアドの実に八割が、人間と街を捨て、出て行った。
残った二割が、俺や……ブランや、カインのような者達。
人を愛し、街を愛し、きっと再び共に生きていけると信じながら人間に紛れて生きているドライアドだ。


人間達の視線が、氷のように冷たく刺さる。
その目に昔のような、ドライアドへの信頼はない。あるのは、疑いと恐怖、そして、疎むような感情だけだ。
どうして俺達は、こんなぎくしゃくとした関係になってしまったんだろう。
「子供が泣いてるぞ」
「あそこにいるのは、ドライアドじゃ……?」
「まさか、またドライアドが人間に何か……」
ささやかれる言葉に、身体が、心がきしむ。
「あ、ち、違うんだ、あの人は、その、助けてくれて……」
掠れる声で幼い兄弟が言っているのが聞こえ、俺は我に返った。
とにかく、これ以上騒ぎが大きくなるのはまずい。
少しでも目立たないよう、ハンカチを取り出して破損部分に巻き付ける。
ハンカチが小さくて隠し切れていないが、仕方がない。急いで立ち上がろうとして、派手によろめいた。
片足を破損したせいか、上手く立てない。もしかすると、バランス制御システムのどこかにエラーが起こっているのかもしれない。
「くそっ……」
彼らを不安にさせたいわけじゃない、早くこの場を立ち去った方がいい。
それなのに足は言うことを聞きやしない。
唇を噛んだ時、背後から声がした。
「大丈夫?」
振り返ると、一人の女性が立っていた。
この状況で、俺がドライアドだと気付いていないはずはないだろう。けれどその瞳は真っ直ぐに俺を見つめ、恐れても、疑ってもいなかった。
「ケガをしてるんだね。手を貸すよ」
そう言って、俺に笑いかける。

あの日、俺を遠巻きにする人間達の中、優しく手を差し伸べてくれた人。
それが、君だった。


to be continued...

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